
「…」
仕事納めから帰ってきた慶次は、リビングのソファの隅で丸くなっている孫市を見つけた。いつもなら勢い良く走り出してくるはずなのに、何の反応もなかったのは何か理由があるらしい。
慶次はソファに座ると、丸こい背中に手を伸ばした。
「お、どうした」
「!」
伸ばした手を異常な程の敏捷さで叩き落とした孫市に、慶次は思わず叩かれた手を引っ込めた。改めて見た孫市の顔は、なぜか怒りに燃えていた。
「けぇじのあほ!! けぇじなんかきらいや!!!」
「なんだい薮から棒に」
どう考えても叱られる覚えのない慶次は、とりあえず口答えしてみた。と、孫市の下がり気味に出来ているはずの眉毛がぴんと跳ね上がった。
「おねやんから聞いたで! まさむねあんにゃんとばっかりなかようしとったやろ!!」
孫市にぼこぼこと叩かれげしげしと蹴飛ばされながら、慶次はようやく得心がいった。不機嫌の出所はここの紅一点らしい。
そういえば阿国は昨日の夕飯どき、幸村に『明日はお友達とお台場まで出かけてきますよって、孫ちゃんのことよろしく』と云っていた気がする。今頃は部屋で今日の収穫品を読みあさっているに違いない。
孫市に『きょおはどうやった?』と訊かれて『慶次さまとまぁちゃんとが仲良うしてはるとこが今日は目に付いたわぁ』などと答えている光景が簡単に脳裏に浮かぶ。それを聞いた孫市が凹もうが、カバンいっぱいの収穫品に心を奪われている今日の阿国にはそこまで斟酌してやる余裕はなかったに違いない。
「…そんな事云われてもねぇ」
まさかそんな本買って来やしなかっただろうねぇ。慶次は孫市のキックを手のひらで阻止しながら小さく溜息を吐いた。孫市はよく阿国の部屋で遊んでいるから、いつ何時そんな危険物を発見するやも知れぬ。また身に覚えのない事で叱られるのはあまり嬉しくない。
そして慶次相手には蹴りもパンチも効かないと見た孫市は、その分もプラスされた怒りで顔を真っ赤にしてソファの前に仁王立ちになり、びしりと指を慶次の鼻先に突き付けた。
「ほんまゆだんもすきもないわ。そんなにまさむねあんにゃんがすきなんやったらまさむねあんにゃんとこいったらええねん! ぼくもおかちゃんとこかえる!!」
一気にそれだけ言い切ると、孫市はわあわあと泣き出した。慶次が叩き落とされるのを覚悟で手を伸ばすと、予想に反して孫市は大人しく抱き寄せられた。興奮しているせいかほかほかと暖かいちいさな身体を抱き上げて、慶次は震える背中をゆっくりと撫でた。
「…よしよし」
ふと見たフローリングの上には、孫市が大事にしているメモ用紙がはらりと落ちていた。孫市の実家の電話番号が書かれているそれは、『帰りたくなったらいつでも帰って来ていいのよ』と孫市の母親が渡したものだ。孫市がひとこと『帰りたい』と電話さえすれば24時間以内に実家に帰ることができる。
孫市はここに来てから、一度も自分で電話した事はない。『ぼくがでんわかけたらかえりたいんやとおもわれるから』と、どうしても話がしたい時にも他の大人にかけてもらうことにしていたのだ。
どうやら真剣に帰郷を検討していたらしい。一向に泣き止む気配のない孫市の頭を、慶次はゆっくりと撫でた。
***
慶次が帰って来てからかれこれ一時間も経った頃。寝たのかと思っていた孫市がもぞりと起き上がり、慶次の顔を大きな目で見据えて呟いた。
「けぇじ」
「はいよ」
真っ赤に泣きはらした目がまた愛しいと云えばまた蹴飛ばされるだろうか。慶次は大きな目の目尻に溜まったぷっくりと膨らんだ涙を指で拭った。
「ぼくだけとしかなかようしたらあかんねんで」
「ああ」
「ぼくがけぇじのこと、らいすきやからってあんしんしてたらあかんねんで」
「…ああ」
泣き過ぎで汗をかいたのか、少し汗のにおいのする小さな身体を抱きしめて、慶次は再び溜め息を吐いた。
(とりあえず、愛されてるってのは間違いないみたいだねぇ)
けぇじ、けぇじとちいさな声で呟いている孫市には知られないように、慶次は満足げな笑みを漏らした。
冬コミ行ってきました記念。
阿国さんの感想は管理人の率直な感想。そして『世の中いろんな人がいる、けまごにそう思う人もいる、でもけぇじが違う男見てるのは嫌なんだ…(T^T)』と思っていたり(わがままな奴)男でなくて女ならオッケーですよ、念のため。
阿国さんはホモエロコーナーにはちゃんと鍵をかけてます。ちび対策です。腐女子のココロエは万全ですな。