
「らりらり〜らり〜らり〜〜〜〜、らりらり〜らり〜らり〜ら〜ら〜ら、らららら〜〜〜〜ら〜〜〜〜ら〜〜らら〜〜〜〜〜♪」
庭石の上でくるくると回りながら妙な歌を歌っているのは、制服の半ズボンがよく似合う幼稚園児さいかまごいちである。歌詞は妙だがメロディは幸村にも聞き覚えがある。重い教科書の詰まった鞄を縁側に置いて、幸村は歌っている本人に聞いてみた。
「何の歌だ?」
「だれもねたらあかん〜」
返事になってない、何の脈絡もない言葉がくるくる回りながら帰ってきた。
「え?」
「そやからだれもねたらあかんってゆ〜てるやんか〜」
納得したのか、回るのをやめた孫市は幸村に近付いてきた。が、目が回っているのかよろよろとよろけている。ひゃ〜、と緊張感のない悲鳴をあげて転倒しそうになった孫市を、幸村はしっかりと両手で抱き留めた。
「ありがとぉ。せかいがぐるぐるしてるわ」
「面白がってくるくる回ってるからだ」
まあそうなんやけど、と孫市は幸村の膝に寝そべるような格好で落ち着いた。
「いちおうときどきはんたいまわりもしてたんやけどなぁ」
「でも目が回ったわけだ」
ははは、とまだ眼球の動きが落ち着かない孫市の額を撫でて、幸村は笑った。
***
らりらり〜らり〜らり〜、とまた歌声が炬燵の向こうから聞こえてきた。炬燵で宿題をしていた幸村が覗き込んでみると、孫市は腹這いになって大好きな絵本を読んでいる。もう何百回読んでいるかわからない椿の花と狸と狐の絵を見ながら、何となく口ずさんでいるようだ。
らりらりと機嫌良く歌っているのを、幸村はちょいちょいとつま先で蹴飛ばした。
「…なに〜? うるさかった?」
ふにゅ、と元々下がり気味の眉尻を一層下げて孫市が起き上がった。宿題の邪魔をした自覚はあるらしい。
「いや」
「ごめんな〜」
面白いほどに面目ない表情を浮かべてはいるが、10分もしないうちにまた歌い出すのが孫市だ。反省していないというよりは、本に集中しているうちに歌ってはいけないということを忘れてしまうのだ。
ほんまにごめんな〜、と云って再び転がろうとした孫市の口に、幸村はチョコレートキャンディを押し込んだ。これがなくなるまでは少なくとも静かにしている筈だ。
***
その後、珍しく孫市が静かなまま一時間が過ぎた。こんな時は大概寝てしまっているのだろうと幸村が再び覗くと、案の定絵本を枕に目を閉じている孫市の顔が見えた。平和な顔で眠っている口元は緩く、炬燵布団の色を部分的に濃くしている。
幸村はベッドに連れて行こうと、孫市を抱き上げた。くにゃり、と力を失った孫市は起きる気配もない。階段を上がり、右側の扉を開ける。そこは慶次の部屋で、主に相応しく大きなベッドがどっかりと部屋の半分を占めている。その片隅に孫市を横たえて上掛けを掛けると、幸村はサイドボードに置かれたライオンの人形を手に取る。ドーナツ屋の景品であるそれを、孫市はいたく気に入って大切にしているのだ。
「…ほら」
顔の脇にライオンを置いて、幸村は部屋を出た。ドアを閉める瞬間、小さな声でらりらりと云うのが聞こえた気がした。
***
「なあ、孫市はどうしたんだい?」
折角帰ってきたのに孫市の出迎えがないままリビングまで入ってきた慶次は、相変わらず炬燵で参考書を開いている幸村に声を投げた。幸村は参考書から視線をあげないまま答える。
「部屋で寝てますよ」
ネクタイを解きながら不審な表情を浮かべる慶次だが、幸村は見てもいない。
「なんでまた」
「それは秘密です」
ちらり、とだけ視線をあげてそう告げると、幸村を見る慶次の眉がほんの少し動いた。
「…そうかい。じゃ、ご機嫌伺いでもしてくるかね」
のしのしと慶次が階段を上がっていく音が少し慌てているような気がして、幸村は少し可笑しくなった。
なんだかリサイクルコーナーでもなくなってきましたね。思い付き小ネタコーナー?
ちびが読んでる絵本は『こぎつねコンとこだぬきポン』。子供の頃何回も図書館から借りて読んでいたお気に入りの本でした。先日久々にその図書館に行ったら子供の本コーナーが書庫に変わっててびっくりだったですよ。
ちびも本が好きみたいです。らりらり。