孫市が目覚めると、隣には政宗が転がっていた。
「……、」
 起き上がって目を擦り、きょろきょろと見回しても他には誰もいない。唯一ここにいる政宗は目を閉じ、小さく鼾をかいている。その他には時折遠くで鳥の声がするだけで、静かなものである。
 人の気配が全く感じられないことに不安になった孫市は、腰から下を覆っている阿国の香りのする羽織を押しのけ、隣で寝ている政宗の肩に手を置いてゆさゆさと揺さぶる。
「なぁ、おとのさまのあんにゃん〜」
「…………何だ、人が気持ちよく寝てるというのに」
 よいせ、と起きあがった政宗は、うー、と云いつつ伸びをする。どうやら適度に昼寝をしてすっきりしたらしい。
「おとのさまのあんにゃん、みんなは?」
 おとのさまおとのさまと呼ばれて居心地が悪いのか、政宗は胡座をかいた膝にちょんと乗せられた小さな手を覆うように自分の掌を載せて云った。
「政宗でよい」
「まさむねあんにゃん、でええの?」
「うむ。貴様が起きぬから、それぞれ仕事に出て行った」
 途端に、え〜と不満の声が挙がる。
「おこしてくれたらよかったのに〜」
 どうも寝ている間に皆がいなくなったことが不服らしい。
 誰かが出掛けるときは見送りをし、松風に帰宅を教えて貰って出迎えをするのが自分の職務だ、と孫市は心得ているので、黙って出掛けられると職務を否定されているような気になるのだ。
 だが、無論政宗はそんなことは知らない。政宗が知っているのは、皆代わる代わるに無邪気な寝顔を眺め、頭を軽く撫でてから出て行った大人たちの心遣いだった。
 ちょい、と唇を尖らせて不機嫌そうな顔をしている孫市の、その唇をちょんとつついて政宗は言い聞かせる。
「折角よく寝ているからと、皆親切で起こさなかったのだぞ」
「そうかもしれんけど…」
 孫市は少し俯いて、政宗に聞こえないくらいの小さな声でしばらくぶつぶつと、なにやら文句を言っていた。
 が、暫くそうしていると気分が変わったのか、顔を上げてにっこりと笑ってみせた。
「ほな、まさむねあんにゃんがぼくとあそんでくれんねんな」
「儂が?」
「ふん。ど〜せひまなんやろ?」
 こっくりと頷いた後、ご丁寧に首まで傾げながら暇人呼ばわりされた政宗は、少しむっとした。
 確かにここに来て政宗がしなければならないことは何もない。ひとりでぼーっとしていることが多いのだ。
「貴様と遊んでやるほど暇ではないわ」
「ひまやからあそびにきたんとちゃうの?」
 正論である。だが、政宗には政宗の言い分がある。
「儂は骨休めに来たのだ。貴様のような暇な子供の相手をしに来たのではない」
 気兼ねなしにくつろげる場所が少ない政宗にとって、ここは格好の息抜き場なのだ。大抵一日二日程度しかいられないが、領主としての立場や政務から一時離れることの出来る貴重な空間であるからこそ、わざわざ馬をとばしてやってくるのだ。
 暇なのではなく、無理矢理に暇を作ってぼーっとしに来ているのだということが、どうも孫市にはわからないらしい。
「でも、ここのみんなはおしごともするけどぼくとあそんでくれるで?」
「ここの連中は酔狂な者ばかり揃っておるのだ」
 自分もその酔狂軍団の一員である自覚は政宗にはないようだ。
「ふ〜ん…むつかしいことはよぉわからんけど、あそぼ」
 こいつは人の話を聞いているのかいないのか。軽い目眩を覚えた政宗は、指先で軽く頭を押さえた。
「…何をしたいのだ」
「でんでんむしごっこ」
 また訳のわからぬごっこ遊びが登場した。名前からは想像も付かぬ遊びであるため、仕方なく政宗は聞き返す。
「何だそれは」
「このまえけぇじとやってん。でな、おもしろかってん」
 孫市からはどんな遊びかは全く判らない説明が帰ってきた。
「全く、いつまでも子供のような男だなあれは」
 馬鹿でかい図体で何がでんでんむしごっこか。本人がいればそう突っ込みたいところであったが、今政宗の目の前にいるのは頬被り幼児ひとりである。
 しかもその幼児は、我が意を得たりとばかりに政宗の意見にしみじみと同意しているのである。
「そうやねん。おとなやのにわがままやしなぁ、ええとししてほんまにこどもみたいや」
 戦人前田慶次は、こんな子供にまでそう思われている事を知っているのだろうか。知っていたところで、他人の評価など全く意に介さない男であることは政宗も重々承知してはいるが。
 腕を組んでうんうん、と頷いていた孫市は、何か思いついたのかああ、と大声を上げた。
「でんでんむしごっこがいややったら、かわあそびは?」
 厭、と云った覚えは政宗にはなかったが、訳のわからぬ遊びをさせられるよりは川遊びの方がずっといい。
 それに、小さな弟の竺丸と遊んでやる事を思えば、孫市の方が大きい分遊びの幅も広くなる。それに孫市相手なら多少荒っぽいことをしても構わないだろう。
 小さな子供は、振り回されたり持ち上げられたりと手荒に扱われるのが好きだ。だが、それを竺丸にやると本人は喜んでいるのに、母には叱責され嫌味を言われる。だがここにはそんな窮屈さはない。
「そうだな、久々に童心に返って遊ぶとしよう」
 大人たちが聞いたら「お前の久々はたかだか五年ほどだろう」と云いたくなるような台詞を吐き、政宗は立ち上がった。いこういこうと手を引く孫市の手をしっかりと握り、裏の小川へと歩いていく。


***


 風呂敷包みを持って戻ってきた阿国は、孫市が昼寝をしていた部屋を覗いた。が、そこには阿国の羽織がくたりと放置されているだけで誰もいない。
 政宗と出かけたのかと、阿国が座って羽織を畳んでいたその時。庭の向こうで甲高い歓声が聞こえた。
「あらまあ」
 川で遊んでいるのかと庭まで出た阿国の視界には、川っぺりに適当に着物を脱ぎ散らかし、褌ひとつで川に入っている政宗と孫市がいた。
 ふたりとも魚捕りに夢中なのか、離れて見ている阿国に気付く様子もない。ふたりしてああでもないこうでもないと云いながら、川面を掻き回している。
「…今日のお夕飯はお魚にしましょか、ね」
 にわか漁師たちの悪戦苦闘する姿にくすくすと笑いながら、阿国は踵を返した。








 どうもちびの思考回路には、「おとのさま、いうのはひまじんなんや」ということが刷り込まれてしまったようです。実際はとても忙しい日々を送っている政宗なのですが、米沢に行って実際に見ないときっとちびには判らないと思います。
 自分もきっと姪には暇人だと思われているに違いありません。実家に帰ってごろごろしてる姿しか見てないからなぁ。

 次回はみんなが仕事から帰ってきた夜。お風呂大好きちびがお風呂に入ります。