
ある天気の良い昼下がりのこと。
孫市は今日も、屋敷のすぐ裏手にある小川の川っぺりに座り、慶次と草笛を吹いていた。ぴいぴいと高い音がふたつ、煌めく川面に浮かんでは流れていく。
十日ほど前に、慶次が何となく適当な葉っぱを毟って鳴らしたのが発端だった。孫市も元々興味を持っていたらしく、慶次に教えてくれとせがんだのだった。それから毎日練習したがなかなか吹けるようにはならず、昨日やっとちゃんとした音が出るようになった。ふたりとも妙に真剣に取り組んでいたため、この十日ほどで手頃な葉っぱはあらかた毟られてしまっている。
孫市は葉っぱをくるくると丸め、半分ほどを口にくわえて吹いている。かれこれ小半時はぴーぷーと吹きまくっているのだが、やっとちゃんと鳴るようになったのが嬉しいらしい。一向にやめようという気配はなく、まだまだ頑張ります、といった顔をしている。
慶次もはじめは同じように吹いていた。が、ふと手を伸ばしてまた葉っぱを一枚千切った。それを唇の上に乗せ、二本の指で押さえて吹き始めた。
ぴっぴぴぴっぴっ ぴっぴっ
一本調子で吹くのに飽きたのか、拍子をつけて吹いている慶次を、いつの間にか吹くのをやめた孫市がじっと見ている。視線に気付いて慶次が孫市を見返すと、そこにはお得意の好奇心に満ちた顔があった。
「ぼくもやる〜!」
云うと思った。慶次はほれ、と吹いていた葉っぱを孫市の唇に貼り付けた。見よう見まねで葉っぱを押さえた孫市だが、当然いくら吹いても鳴るわけがない。
顔が真っ赤になるほど何度もぷーぷーと頑張った挙げ句、めまいを起こして孫市は後ろにひっくり返った。無論そこにはちゃんと慶次の手が待ちかまえていて、ひっくり返った孫市を掬い取り、そのまま赤ん坊を抱くように横抱きにする。血の気の引いた顔の、上唇にはまだ葉っぱがくっついたままになっている。慶次はそっとそれを取ってやり、柔らかい髪が張り付いた額に手を当てた。
「…きもちわるい…」
赤から急に青に色を変えた顔色は、もう元に戻りつつある。噴き出した汗が冷えたのか、ひやりと冷たい額を慶次は軽くさすってやった。
「だから、コツ掴まなきゃ無理だっての」
「そのためにはいっぱいれんしゅうせな、ってゆうたのはけぇじやん…」
憎まれ口をきいてはいるが、本当のところは温かい手に撫でられて気持ちがいいらしい。孫市はうっとりと目を閉じている。このまま眠ってしまうのではないかと慶次は思った。今日はまだ毎日している昼寝をしていない。いつ眠いと言い出してもおかしくないのだ。
***
ところが、眠っていたはずの孫市がすぐにもぞもぞし始めた。目がぱちりと開き、膝と膝を摺り合わせるようにする。
「…けぇじ、おちょうずいか」
「おお行ってこい」
そういえば厠も朝行ったきりだ。横になったままもぞもぞしている孫市に、慶次はとりあえずそう云ってみる。無論そうすんなりいくはずはないことは慶次もよく分かっている。膝の上で起こしてやったが、股を両手で押さえてもぞもぞしたまま立ち上がろうとはしない。
「ひとりでいくのいやや、おとろしねんもん。おちそうや」
確かにここの厠は開口部が広く、孫市くらいの子供なら簡単に落ちてしまう。本人も怖がってひとりでは小用も足せないありさまだ。厠で溺死というのも情けない話だと、今までも必ず誰か大人が厠に連れて行っていた。
「その辺でしたらどうだい?」
「くみとりさんがきやはるからおちょうずでしてな、ておねやんがゆうたぁ」
ということはしたいのは大きい方だと云うことだ。慶次はこのまま孫市を抱いていくことに決めた。
「仕方ないねぇ」
立ち上がり、孫市を小脇に抱えて移動を始める。厠まで連れて行ってしまうと褌を外すまで待てないだろうと、慶次は走りながらさっさと孫市の着物をめくり褌も外してしまう。
「わぁ、しんぼせな。もれるぅ」
下半身丸出しでじたばたと──どうやらもぞもぞで済む域を超えてしまったらしい──足を動かしている孫市が、今にも泣きそうな情けない声を出す。
「もうちょっと我慢しなよ!」
しかし、なんでこんな状態になるまでずっと我慢していたんだろうか。思っても詮無いこととは知りながら、慶次は少し悩みつつ厠の扉に手をかけた。
五右衛門押しのけて慶次が登場。図体もでかいが態度もでかい。
最近接触が少なかったので寂しくなっただけです。一応これでも慶孫のつもりだし。
キグチコヘイなちび。死んでも葉っぱは放しません。さりげなく間接ちゅ〜も達成。