「なぁ、なんでけぇじはけっこんせぇへんの?」
 孫市は風呂の湯をぱちゃぱちゃと叩きながら云った。腿の上に孫市を座らせている慶次は、撥ねる滴を避けながら答える。
「何で、って云われてもねぇ」
「すきなひとはおれへんの? あ、おねやんはあかんで」
 何故か付いた限定に、慶次は理由を聞いてみたくなった。「おねやんはぼくがすきやから」という理由は、おそらくこの孫市にはない。
「どうしてだい?」
「ないしょやで」
 孫市は慶次の膝に上り、慶次の右耳を両手で囲むようにして囁いた。
「おねやんはおいやんがすきやから、よこどりしたらあかん」
 ここの住人なら誰でも知っていることについて、二通りに取れる言い方を孫市はした。子供のひそひそ声は妙に耳にくすぐったい。慶次は神妙な顔をしてまた湯の中に戻った孫市の頭を撫でながら、空いた左手で顎を掻いた。
「…ふーん、なるほどねぇ」
「そうでなくてもおねやんはごぉさんにぃでけぇじのこといちばんすきそうやのに…」
 手拭いでくらげを作りながら、何とはなしに不服そうな声で孫市は呟いた。
「五三二?」
「けぇじとおいやんとゆきむらあんにゃん」
 どうもその数字は比率のことらしい。俺と五右衛門は逆じゃないのかねぇ、と思いつつも手拭いくらげの真ん中を慶次は突いた。泡がぶじゅ、と漏れて、孫市はあ〜、と非難の声を上げる。
「なにすんの〜、せっかくおおきいくらげできたのに〜」
 悪い悪いと謝りつつ、慶次は孫市の手から手拭いを取り上げて軽く絞ると、小さな顔を拭いた。
「で、孫市は俺に結婚して欲しいのかい?」
「ううん。けぇじがけっこんしたらこまる〜」
 ぶるぶるぶる、と水に濡れた犬のような勢いで孫市は首を振る。
「けぇじといっしょにおられへんようになるもん」
 上目遣いにじっと見つめてくる大きい目に嘘はない。慶次は孫市の濡れた髪をくしゃくしゃと掻き回した。
「そうか、困るか」
「けぇじがおんなやったらぼくがおよめさんにもうたんねんけど…」
 その突拍子もない内容と意外に真剣な様子に、ぶ、と慶次は吹き出してしまった。
「なんでわらうの〜」
 わははと大声で笑う慶次に茶化されたと思ったのか、孫市は握り拳でぽかぽかと慶次の胸板を叩く。指先で目尻の涙を拭きながら、慶次はさっきくしゃくしゃにした孫市の頭を何度も撫でた。
「安心しな。ずっと一緒にいてやるから」
「…ほんま?」
 疑いのマナコで眺められて、慶次は立てた膝の上に孫市を座らせた。孫市のほうが少し目線が高くなるのを引き寄せて、互いの額と鼻をちょんと触れ合わせる。
「孫市が厭だって云っても一緒にいるからな、覚悟しなよ」
「ぼく、いややなんていわへんもん」
「じゃあ、ずっと一緒だ」
 えへへ、と笑った孫市は、すぐそこにあるざらざらになった逞しい顎に頬擦りをした。


***


 ちょっとのぼせ気味のふたりが手をつないで座敷に戻ると、少し温くなった西瓜が待っていた。
「えらいゆっくりやったねぇ」
「ほら、もう温くなっちまったぜ? 早く食えよ」
 は〜い、とよい子の返事をした孫市のなめらかな頬は、少しだけ赤かった。







 ひとこと御礼第2弾。


 ちびのほっぺが少し赤くなってるのは、髭が伸びかけた頬にすりすりしたからです。あと風呂上がりだから。
 くらげは昔タオルでやりました。バリエーションでサンタクロースもありますが、現代版でないと無理ですね。