慶次が帰ってくると、孫市がうえうえと泣いていた。玄関の上がり框で慶次に飛び付いてきたのを抱き上げて、指で涙を拭いてやりながら慶次は当然の質問をした。
「どうしたんだい」
 慶次の問いに対し、孫市は泣きながら訴える。
「たくちゃんが、たくちゃんが〜」
「たくちゃん?」
 さては孫市の新しい友達かと、慶次はネクタイを緩めながら靴を脱いでリビングへと向かった。そこで、慶次は『たくちゃん』が誰なのかを知ることになる。

「…忠臣蔵かね」
 どうやら『たくちゃん』の正体は若き赤穂藩主、浅野内匠頭だったらしい。慶次の眼前で、浅野家断絶を知らせる使者が大石内蔵助の屋敷に到着している。
 うえうえと泣き続ける孫市の視線は、それでもしっかり画面に釘付けである。ティッシュをしゅ、と引き抜く音に振り返ると、ソファで鼻をかんでいる五右衛門がいた。阿国は座椅子の上で、幸村はダイニングセットの椅子の上でやはり画面を見つめて目元を赤く染めている。

 …こういう人種が結構居るから忠臣蔵は何度も映像化されるんだろうねぇ。

 昔から今ひとつ忠臣蔵が好きになれない慶次は、ふうと溜息をつく。早く着替えに行きたいが、孫市ががっちりと慶次にしがみついているのでそれもままならない。
 仕方なく、慶次は床にあぐらをかいた。腕の中でテレビを食い入るように見つめる孫市は、完全に一赤穂藩士と化している。少なくとも気分だけは。

 この前は『おとなになったらすけさんになんねん』とか云っていたのに。

 『すけさん』とは皆様御存知佐々木助三郎、水戸黄門の助さんである。格さんじゃ駄目なのかと訊いたら、『かくさんはカタブツやから、きれ〜なおねやんとなかようなられへんからあかんねん』とのことであった。小さくても孫市は孫市なのだと改めて思い知らされた瞬間であった。
 今の孫市に『将来何になりたい?』と訊いたら『アコ〜ロ〜シになってコ〜ルケノスケをやっつける』と云うに違いない。つくづく時代劇に弱い子供である。

 いや違う。
 時代劇に限らず、夕方再放送しているような番組にも弱いのだ。

 西部警察をやっていれば『ライモンくんになる』、特捜最前線をやっていれば『クレバヤシけ〜じになる』、必殺をやっていれば『ナカムラさんになる』と云うのだ。
 デカ長ってのは巡査部長だから『大門くん』はさして偉い訳じゃないと慶次は思うのだが、孫市の中での『ライモンくん』は下手をすれば刑事課長より偉いと思っているふしがある。

 慶次がそんな事をぼんやり考えているうちに番組は終わったらしい。脳天気なCMソングが流れる中、ようやく慶次の帰宅に気が付いた(それほどドラマに集中していたという事も驚きだが)らしい面々が動き出す。
 やっと着替えられると、よっこらせ、と慶次が立ち上がる。と、孫市はぎゅうっと慶次を抱きしめた。
「…けぇじ」
「ん?」
 ぼくアコ〜ロ〜シになる、と云うかと思った孫市の口からは、思いがけない言葉が出てきた。
「けぇじがころしたいほどいやなやつがおったらぼくにおせてな」
 殺したい、とは穏やかではない。次の言葉を、泣きすぎて真っ赤になってしまった頬を指で撫でつつ待つ。
「ぼくがかわりにころしたるから。そしたらけぇじがつかまらんですむから」
 物騒かつ健気な台詞に、慶次は思わず口元が綻んでしまう。
「…だからって孫市が捕まっちまうと困るんだがねぇ」
「ぼくはええねん」
 ずび、と洟を啜りつつ孫市は慶次の頬に手を掛ける。
「ぼくがつかまったら、けぇじがたすけてくれるやろ?」
「…そうだな」
 慶次は、すぐそこにある孫市のウサギのように赤い目にキスをした。

「そないな邪魔なとこでいちゃいちゃせんといてくれはります? ぼちぼちお夕飯の用意も出来ますよって」
 リビングのど真ん中でぎゅう、と抱きしめ合っているふたりに、阿国の容赦ない声が飛んできた。すかさず五右衛門もびぃーむ、と鼻をかみつつ尻馬に乗る。
「そうだそうだ。いつまでもそんな汗臭い格好でいねぇでシャワーでも浴びてこいってんだよ」
「のんびり浴びてる時間はありませんからね」
 幸村もエプロン姿で味噌汁を温めつつそう云った。形勢不利に陥った慶次は大人しく孫市を五右衛門に託してシャワーを浴びに行くことにした。孫市と一緒だと長風呂になるのが目に見えているので一応避けたのである。
 大人しく五右衛門の膝の上から慶次に手を振る孫市にウインクをして、慶次は風呂場へと向かう。

 でも、やっぱり『アコ〜ロ〜シ』にはなりたいって云うんだろうねぇ。

 少し屈んで頭からシャワーを浴びつつ、慶次はくっくっと喉の奥だけで笑った。








 リサイクルはちょっとお休みで、思いつきの現代ネタ。

 TVは現代ネタの宝庫かも。ちびは阿国さんと一緒に午後の再放送アワーを見るのが好きです。
 特捜最前線、身近ではあんまり有名じゃないんですが我が家では太陽にほえろより人気の刑事ドラマです。
 あと部長刑事! 今でもやってるのかしら、幼心にOPが怖かったのをよく覚えてます。提供は大阪○スでした。